07
2026.06赤い実りと、季節の味わい
数日前の真夏日が嘘のように、最近は平年より気温の低い肌寒い日が続いています。
今日は札幌から約80km離れた、現在進行中の建築現場へ用足しに行ってきました。
帰りに近くの道の駅へ立ち寄ると、ミニトマトの「袋入れ放題」コーナーを発見。採れたての真っ赤なミニトマトが並び、その美味しそうな姿につられて早速挑戦してみました。
袋の口が閉まるかどうか心配しながら詰め込みました((笑)
産地直売の新鮮な野菜は、やはり安心感がありますし、何より味が違います。
太陽の恵みをたっぷり受けたトマトは甘みも濃く、ついつい手が伸びてしまいます。
振り返れば今年は例年以上に山菜に恵まれました。
ウド、タケノコ、フキ、ワラビ、セリなどが次々と手に入り、食卓にはいつも旬の味覚が並んでいました。
しかし、さすがにここまで続くと「もうそろそろいいかな(笑)」という気持ちも少々。
山菜の季節から初夏の野菜へ。北海道の短い季節は、こうして少しずつ次の楽しみへと移り変わっていきます。
だんだんと良い季節になってきましたね。
掲載の写真は、道の駅で挑戦した真っ赤なミニトマトの入れ放題。
見ているだけで元気をもらえるような鮮やかな赤色でした。
SATOH
02
2026.06何気ない風景のなかで
今日から6月。早いもので今年も一年の半分を迎えました。
北海道も各地で30℃を超える暑さとなり、札幌もいきなり真夏日です。
今朝、玄関を出ると「チーチー」と小さな鳴き声が聞こえてきました。
見上げると、玄関ポーチの軒天裏に巣を作った雀の親鳥が、餌をくわえて辺りの様子をうかがっています。
どうやら孵化したばかりの雛たちに餌を運んでいるようです。
親鳥は何度も何度も餌を探し、雛たちは大きな口を開けて親を待つ。
そこには特別な言葉も飾りもありません。
ただ、生きるために懸命な姿があるだけです。
その様子を眺めていると、私たち人間も案外同じなのかもしれないと思いました。
毎日の仕事や暮らしに追われながらも、大切な人を想い、今日という一日を積み重ねていく。
世の中には目を引く出来事がたくさんありますが、本当に大切なものは、
こうした何気ない日常の中にあるのかもしれません。
小さな雀の親子に、そんなことを教えられた六月の朝でした。
SATOH
26
2026.05気が付けば、2か月!
こんばんは。
気がつけば、ブログの更新が2か月ぶりになってしまいました。
定期的に見てくださっている方々には「どうしたんだろう?」「体調でも崩したのでは?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
毎回掲載している絵画を楽しみにしてくださっている方(そうでもないか?笑)の顔も浮かび、「そろそろ更新しなければ…」と思っているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
振り返れば、この2か月。
世界情勢は相変わらず混沌としておりますが、自分自身の日常はというと、大きく何かが変わったわけでもなく、むしろ“変わらずのマイペースをさせていただいている”毎日でした。
ただ、中東情勢などの影響による資材の高騰や入手難など、建築の仕事では以前にも増して神経を使う場面が多く、気持ちだけはどこか慌ただしい日々が続いております。
そんなこともあって、しばらく趣味からも遠ざかっておりますが、また自然にそういう気持ちが湧いてくるまで、こちらも無理をせず、マイペースでいこうと思っております。
これから気候もどんどん良くなる季節。
仕事も趣味も、あまり力み過ぎずに“エンジョイライフ”を目指したいものです。
さて、今回の写真。
我が家の庭の木陰では、色鮮やかな鳥や猫の「物たち」が、どこか気持ち良さそうにくつろいでおりました。
思わず「フフッ」となるような、平和な風景です。
こんな感じで、相変わらず元気にやっておりますので、またぼちぼち更新してまいります。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
SATOH
28
2026.03「世界が静かであるという奇跡」
当別町へ向かう農道を走っていると、ふと目に飛び込んできた光景に思わず車を止めました。
刈り取りを終えたトウキビ畑。
その一面に、数百羽はあろうかというオオハクチョウの群れが、ぬかるんだ土の上で静かに餌をついばんでいます。
広大な畑に点在する無数の白。最初は何か分からず、目を凝らしてようやくそれが命の群れだと気づく――
そんな一瞬の戸惑いすら、この景色の一部のように感じられました。
昨年も同じような光景を見たはずなのに、今年はなぜか胸に迫るものが違いました。
羽を休める彼らの姿は、ただ穏やかで、ただ静かで、ただそこに「在る」だけ。
それなのに、その静けさがあまりにも大きく、広がり、どこか祈りにも似た気配を帯びているように思えたのです。
世界に目を向ければ、混沌としたニュースが絶え間なく流れ、人の営みは時に荒々しく、時に脆く揺れ動いています。
そんな中で、この畑に広がる風景はあまりにも対照的でした。
争うこともなく、急ぐこともなく、ただ季節の流れに従い、ここに降り立ち、命をつなぐ彼らの姿。
泥にまみれた畑でさえ、彼らにとっては豊かな食卓であり、安らぎの場所なのでしょう。
その光景は、「平穏」とは何かを静かに問いかけてくるようでした。
この何気ない風景が、来年も、その先も変わらず続いていくこと。
それは決して当たり前ではなく、守られるべき奇跡なのかもしれません。
白い点のひとつひとつが命であることを思うと、この広い畑がまるで世界そのもののように見えてきます。
そして、その中にある静けさが、どれほど尊いものなのかを改めて感じました。
この平穏無事な世界が、どうか永遠に続きますように――
そんな願いを、シャッターの奥にそっと込めながら。
SATOH
24
2026.03「この素晴らしき世界」が聴こえる日を
こんにちは!
実に一ヶ月半ぶりのブログ更新となりました。
この間、何か特別な出来事があったわけでもなく、公私ともに穏やかで平凡な日々が続いておりました。
平和と言えば聞こえは良いのですが、年齢のせいか少し好奇心が鈍ってきたかもしれません(笑)
平和ボケと言いましょうか?気がつけば時間だけが過ぎてしまいました。
さて今回のブログですが、過去の写真を整理している中で、ふと一枚の写真に目が留まりました。
ミニ盆栽のヤマモミジの傍らで、小さなトランペットを吹く黒人のフィギュア?
今は亡き、ルイアームストロング(愛称:サッチモ)
マクロで撮影したその写真は、背景がやわらかくぼけ、ヤマモミジとフィギュアだけがくっきりと浮かび上がっています。
その光景があまりにも穏やかで、どこか懐かしく、見ているだけで心がほっと和みます。
そして自然と頭の中に流れてくるのは、あの名曲「この素晴らしき世界」。
今の時代だからこそ、その旋律と情景がより深く胸に響くのかもしれません。
こうして文章を書いていると、なぜか少しだけ目頭が熱くなってきました。
理由ははっきりとは分かりませんが、きっと心のどこかが、この静かな世界に共鳴しているのでしょう。
何気ない日常の中にも、ふと立ち止まると見えてくる大切なものがある。
そんなことを改めて感じさせてくれる一枚でした。
また少しずつ、日々のことを綴っていきたいと思います。
SATOH










![CATEGORY[カテゴリー]](img/side_category.png)
![RECENT[最新記事]](img/side_recent.png)
![ARCHIVE[月別記事]](img/side_archive.png)


